新作ゲームが高すぎる。ベトナムなら千円でマッサージまで体験できる!

ベトナム
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子供の時からゲームが趣味で、ゲーム機も色々所有していたけど、どうもゲームにもう魅力を感じなくなってしまっていて、それでもスチームのセールなんかで90%オフなんてものを見ると買う価値があるか一旦検討してしまう・・・

 

長い事ゲームをやっていると、プレイせずともある程度楽しさなどに察しがついてしまい、「ベルトアクション」なら「ガーヒー(SS版360版共に未だに所有)でいいし、FPSなら200円位で買った「アンリアルトーナメント3で十分じゃん」となってしまって、新作を見てもマイベストコスパで比べてしまい、ゲーセンで1~2回遊ぶ程度の満足があるかどうかという判断で、激安セール価格の300円のゲームでさえ買う気が失せてしまう。

 

ただゲーマーのサガ(ゲームだけに)か、新作で日本価格8千円(おま値)程のゲームが、海外の通販サイトで50ドルの半額(25ドル)で売っていたりすると、購入の価値があるか一旦検討してしまう。

例えば20ドルだと仮定して、現在の為替でざっくり考えると、大体2200円。

ベトナム旅行から帰り、家でゲームのセールを見てると、2000円位なら安く感じてしまう。

 

ゲームも面白くないわけではないんだけれど、何かが足りない。

 

空を飛ぶドラゴンを退治する冒険に出たり、一流格闘家になった気分は味わえるけれど、その全てが現実ではなく、その現実ではないものの為に、例えば格ゲーのコンボ練習に時間を割くことなどが考えられなくなった。

 

子供の頃は時間を無限に感じ、遊びに来る友達をコテンパンにするべく、コンボの練習にもせいがでて、その時間もまた楽しくあった。

今では家にいて一人でも、お手軽にネット対戦が出来たりもするのだけれど、勝っても負けてもあまり楽しくない。

 

悔しいはずの負けも何も感じず、勝っても嬉しさも感じない。

 

だから以前は、また新しい刺激を求めて新作を買ったりしていたのだけれど、ベトナム旅行に行くようになって、お金の価値をより考えるようになった。

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日本とベトナムの金銭感覚の違い

日本にいると、当然お金の価値観は通常日本人が感じるであろう価値観で見えるから、夜食に千円かかっても普通に感じる。

仮にセール価格のゲームが2,000円なら食事2回分程度に思え、「ちょっと節約すればすぐ買えるじゃん」ってなる。けれど、ベトナムに長く滞在すると金銭感覚が変わり、1,000円が大金に感じるようになる。

例えば、5万ドン位で買えるものに10万ドン請求されぼったくられそうになったり、、逆に20万ドンを15万ドンにディスカウントしてもらったりすると、すごく損した気分や、得した気分になるのだけれど、20万ドンが日本円換算すると”約1,000円”のベトナムドンでは、5万ドンの違いは250円程度の差しかない。

(*10,000ドン≒50円)

 

けれども、その250円の違いでもベトナムの人には結構な違いで、長くいると自分もその感覚になり、1,000円がすごく大金に感じて来るようになる。

ベトナムの物価と給料

現地のタクシードライバーの給料(月給)が日本円では約5万円程度という話を聞いた。

それは現地では比較的いい方で、ネイルのお姉さんの給料は聞いた所では3万円位らしく、それでも生活できるのだろう。

優雅な暮らしは当然できないだろうが、それでも暮らせていけるわけで、そんな人たちにとっての1,000円と考えると、わたしたちにとっての1万位に感じるのだと思う。

実際ハノイにある、「マダムヒエン」や「ンゴンヴィラ」といったレストランの価格は30万ドン~40万ドン(大体1,500円~2,000円)程度で、日本の感覚では普通のレストランとあまり変わらないのだけれど、それらはいわゆる高級レストランに属し、地元の人はおいそれとは入れない位のお店らしい。

旅費の往復チケット代に5万位はかかるけれど、700円位でフットマッサージを45分も体験できたり、、数十円で動物園を楽しめたり、フォーやバインミーといった地元の食事なら200円程度でしっかり食事が摂れたり、、と、1,000円の金銭感覚にえらく違いがあることを肌で感じる。

正直な話、それは地域格差としか言いようがなくて、ベトナムの人もしっかり働いていて、3万程度しか働いていないわけではないし、同じ仕事を日本でこなせば、多分15万くらいの給料になる。

↓上記したお店の場所参照

 

↓上記トゥーレ公園(ハノイ動物園)に行った様子

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話を戻すと・・・

それを知ると(物価による地域格差や、肌で感じる人生etc,etc,)、日本で必死に働いてようやく得た給料で、8千円以上もする本当は満たされないゲームを買うことに嫌気が差してしまう。

本当はゲームが大好きで、最初はゲームブログを始めたのだけれど、何でもかんでもDLCにしたり、それで総額1万5千円になったりするのが当然という風潮も、今のゲームは「楽しませよう」という気持ちより前に「いかに儲かろうか」を考えてるのが透明くらい丸見えで、

確かに景気のいい社会じゃない中で、どうにか利益を上げたいのだろうけれど、”儲かるための仕事”は本質と順番が入れ替わってしまっていて、儲かるためにDLC商法を始めるしかなく、そうなって上がった金額を買うほうも更に労働時間を増やすなどして稼ぎ出すしかなくなってしまってるように思う。

要するに負の連鎖。

 

↓DLC商法全部が詐欺っぽく見えるのはこのせいだと思う。

 

新作ゲームを追いかけることはその連鎖に巻き込まれるという事になってしまう。

そういった一面もあってゲームを辞め、そこで使っていた分を物価の低い所に旅行しようと思うようになった。

お金の価値は、同じ1,000円でも地域が違うだけで価値が変わってしまうから、1,000円以上の体験(750円で若いお姉さからのフットマッサージとか…)が出来てお得のように感じるし、現実の旅行はゲームとは違い肌で経験することで『今生きてる』って実感も強く感じる。

以前、”「HTCVIVE」を最後の砦”と思い、購入したのだけれど、想像を超えることは出来なくて(あと壮絶に酔う)、何か物足りない人生をゲームで埋めようとすればするほどゲームを買うしかなくなり、DLCで値段の上がったゲームを買うために、やりたくもない仕事の労働時間がまた増えるのはどう考えてもバカバカしく感じてしまう。

たまには楽しめる新作ゲームもあるとは思うのだけれど、せいぜい10時間の高揚感のために8千円する新作買わなくても、今でも「スパイクアウト」「鉄騎」を引っ張り出せば、数時間の高揚感は味わえる。

購入は人の自由なのだけれど、なんか言いようのない社会の風潮のような、バンバン流れる新作のCMや、そうでも無いゲームをビジネスのため面白そうに紹介する某チューバーのような人も、その商品を消費者に伝えようと価値を提供をしているのではなくて、ゲームを売りたいメーカーに対して価値を提供していて、

いや、そもそもCMはそういうものなのでいいのだけれど、「面白い事」より「面白そうに見えること」が優先されていて、だから実際面白そうに見えるゲームが、やってみるとそれほどでもなく感じたりする事もよくあったり・・・

そんな「”面白そうな”ゲーム」をライトゲーマーが購入し、「ゲームってこんなもんか」と評価されてしまう。

本当は素晴らしいゲームもあるし、素晴らしいゲームは売るための商品じゃなく、いや売るためなんだけれど、まず「面白いから売れるんだ」という根底があるように感じる。

作り手もそういうゲームを作ろうとアイデアを絞りあう。

右を押せば右にキャラクターが歩き、ボタンを押せばキャラがジャンプするという当然を覆すのは難しく、下手なオリジナリティはただ遊びにくくなるだけだったりもする。

出せば新しいアイデアだった頃とは違い、その辺をいじるのは難しく、そこに不景気とくれば、確実に売れるナンバリングを作るしかないのかもしれない。

安定はしているけれども、そんなゲームにはもう光るものはなく、そんな「作品」ではなく、ただの「商品」ならばもっと価値あるものにお金を使いたい。

 

↓ゲーム価格が日本だけ高い理由から見えてくる社会の問題

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おわり

話が途中からずれてしまったけれど、為替による価値の差というものは、良くも悪くもなく、そういうものであって、日本にいて日本の価値観でお金を使うのは人の自由だけど、物価の安い地域では価値が高くなる。

ベトナムなんかだと物価が安い分、宿泊費1~2千円でも十分なクオリティのホテルに宿泊できて、レストランも安くておいしい店もいっぱいで、旅行費も5万程度で”ホンモノの体験”が楽しめる。

ゲームの全てが悪いわけではないけれど、”何かが足りない・・・”と感じるなら、一度本物の旅を体験してみることをおすすめしたい。

↓初めて”ハノイ一人旅”してみた時の様子

 

↓飛び込みで入ったフットマッサージ店で2倍ボラレたので気をつけて!

210306_加筆修正 211019_リンク追記編集

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