【ベトナム考察】無免許でバイクにのる外国人は賄賂で済ませてる?

ベトナム旅行情報

ベトナムではホテルでもレンタルバイクや自転車を貸し出してる店があり、値段もそれほど高くなく1日レンタルで500円位で借りれたりします。

その安さもあってか、欧米系の環境客には結構バイクに乗っている人もいて、「よくこの道を走れるなぁ」とその時はただただあっけに取られていたのですが、ふと思ったのは「彼らは免許は所有しているのか?」という疑問。

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旅行者はみな、国際ライセンスを持っているのか?

免許には海外で通用する国際免許というものがあるのですが、調べたところによると、ベトナムでは日本が加盟?しているものとはどうやら違うらしい。

日本で得た国際ライセンスはベトナムでは通用せず、別途ベトナムで免許の申請が必要のようで、手続き方法を確認したのですが、オートマ限定からは無理だったり、車の免許の所有者は切り替えた後、ベトナムでバイクの実技テストにパスしないといけなかったりと、一筋縄ではなさそうです。

ベトナム運転免許への切替手続:在ベトナム日本国大使館

申請のメンドクササ以前にベトナムの交通事情が怖すぎるので、わたしはベトナムでバイクに乗ろうとは思わないのですが、疑問に思うのは、「レンタルバイクに乗っている観光客は、みんなわざわざ短期の旅行で、めんどくさそうな手続きで免許申請しているのだろうか?」というものでした。

以前、ベトナムに赴任している人のブログで、その方は免許は所有していて「ベトナムでは交通違反で捕まった時、お金で許してもらうのが普通」といったような記事をみかけたことがあり、

「もしかすると・・・」と思ってはいたのですが、

「ベトナムでロングステイ」という本で見つけた一文にこたえがありました。

 

「ベトナムでは50cc以上のバイクには免許が要るうえ、国際免許は通用しない。にもかかわらずレンタルバイクは1日5~7ドル程度でどの都市の旅人街にもある。多くの外国人が取り締まりが甘いのをいいことに無免許で乗っているのが実情~

 

この一文と上記のブログの人と照らし合わせて統合すると、外国人の多くは「無免で乗って捕まったらお金で解決」なのでしょう。

 

賄賂は自分のため?相手のため?


それは正しい事ではないのだけれど、発展途上国の、少なくともベトナムという国を多少でも理解していくと、「なぜそのような行為をしてでもお金を稼ぎたいのか」が、わからなくもなく、一言でいうならば「文化の違い」なのだと感じます。

”カルチャーショック”という言葉はよくいうけど、その言葉の真意を理解すると、日本では考えられないけど、「ベトナムでは何かあったとき役人にお金払えば良いだけで、バイクに乗れるらしい」という事も受け入れることになるのだと思います。

それは、日本にいると考えられないし、そんなの完全に違法行為だと感じるかもしれないけれど、それが文化(カルチャー)の違いであり、当然その行為や違法そのものが良いという事ではないのだけれど、職業が出生に大きくかかわるといわれるベトナムでは、警官の給料はあまり良い方ではないらしく、

でもその人たちだっておいしいものは食べたいし、家族も幸せにしたいと思うのは当然で、それを日本人の観点から、「違法行為を賄賂で見過ごすことは悪徳千万」と言いのけてしまうという事は、

つまり「その仕事でアワでもヒエでも食べて生きていけるのなら、生涯ハワイ旅行に行けないとしても、そんなことしてはいけない」

と、決められた職さえ全うすれば、20年目の結婚記念日にハワイに行くことだって可能な日本人がいうのはエゴだと思うし、誰しも結婚できるわけではない世の中で、その人はそうなれるだけ日本においても運がいいほうだと思う。

当然その人たちも必死に働き、ようやく定年祝いに夫婦で海外旅行に行くのかもしれない。

でも、必死に働くかどうかだけで給料が変わるものでもなく、稼げる人は年収億単位稼ぎ、その人たちは往々にして”稼げることをやったから稼げた人たち”がほとんどで、だからと言ってその人たちが努力をしてないわけでもないのだけれど、

出生で職業が決められて、月収3万程度しか稼げないベトナムの人たちが、それ以上の努力や稼ぐための試行錯誤の余地もなければ、どうやってそれ以上に豊かになれるというのだろう。

だから、今の日本の平均年収約400万以下の人も、その人たちにも多くの事情があり、努力で全員が報われるわけではないけれど「誰しももっと”豊かになれるチャンス”がベトナムの人よりあるのではないか」と感じてしまう。

例えば、普通程度の家庭でも日本では、恥も外聞もかなぐり捨てるなら、”ひょっこり”的な事や、桶持って”100%”的なことを「ユーチューブ」なんかでやることだって可能で、それが稼げるというわけではないけど、

要するに、自分がそこにとどまるも違う事に挑戦するも自分次第で許されているのが日本という国で、日本からベトナムに行くのはノービザで15日行けるのに対し、ベトナムの人は日本に来るのも一苦労で色々手続きがいる。

その位、日本人であるだけで優遇されており、ベトナムの人からすると同じアジア人でありながら「世界レベルで通用する日本に行きたい」憧れるという人も多くいる。

でもそれが可能な人は限られていて、学問優秀だから行けるものでもなく、実際に、早朝から市場にバイクでタマゴを売りに来てる少女が、その子の家の事情は知らないけれど、そこから抜け出すのは努力でどうにかなる問題ではない部分も多くあって、

生まれから決定された職業で可能になる幅が、将来努力しだいで日本はおろか他の諸外国にも行けないのなら、どうにかお金を稼ぐ方法を考えるしかないから、多少話がずれるけど、観光客には観光客価格で物をうるという一面もあるのだと思う。

そのいわゆるボッタクリとか賄賂とかが「世界的に見ても先進国はそのようなことはあり得ないのだから、即刻やめるべき」と言ってのけるのも、カルチャーの押し付けであり、それは過去の歴史を見ても争いの原因になったりもする。

確かに、日本は先進国として色々進んでいる部分があるのは事実だけれど、イコールで発展途上国の人が劣っているというわけでもないし、今の先進国が完成形というわけでもない。

だからもしかすると、今の発展途上国の進化の先は、日本やほかの先進国とは違う、もっと「正しい事は正しく評価され、どんな結果でも努力は努力として評価され、見た目や出生に全く左右されることなく真の意味での平等な国になる可能性」だってなくはない。

だから、先進国の日本ではそんな事認められないのだから、発展途上国のその文化を「途上だから劣っている」とみるのはエゴで教養のない考え方だと思う。

 

だからと言ってわたし自身は「何かあってもお金払えばいいらしい」ことが事実だとしてもバイクに乗ることをおすすめはしません。

ですが、その理由は単純に危険度などの問題なので、「やりたいことやるのが人生だ!」と思うタイプの人もいるだろうし、「ルールは守ることが大事!」と思う人もいて、そのどちらも正しいとかそういう事でなく、

どちらの考えも、その考えが自身にとって心地よいからそう考えるだけであって、わたしはベトナムで無免許でバイクに乗ることについて、わたし自身がどちらかというと臆病な性格だからやらないという意味で、おすすめはしないという意見です。

それに、実際ベトナムの交通事情は日本の想像を越える無法地帯で、赤信号無視は当然、バイクから大型の車までが逆走していて、そこに入れる気もしないし、もし入れたら今度は出れない気もするし、レンタル自転車でも怖いと思ったのに、バイクは相当なれないと怖いと思います。

 

ダナンの交通事情は多少穏やかでした。↓

 

ただ近場をあちこち移動するという手段なら、代わりというわけではないですが、短距離の移動でも『Grab』でタクシーを使うほうが安全で、値段も5万ドン程度(日本円で約250円位)でそこそこ行けるし、乗る時に値段が出ていて不安が少ないのでそちらがおすすめ。

 

まとめ


わたしがベトナムに行く理由は物価が安かったり、並み(以下)の容姿の私でも、先進国に行くより異性にも好意的に思われたりするのが嬉しい、という気持ちは確かにあります。

けれど、それを自分の方が優位だとは思わないし、ましてや発展途上国の人を劣っているとは全く思わない。

悪い事と良い事というのも、感覚で確実にわかるものもあるけれど、途上国の人は、今まさにどうにかやって豊かになろうとしているのであって、彼らだって「悪い事をしてやろう」という気持ちからではない。

だからといって、ぼられたいわけではないのだけれど、「発展途上国だから、国民意識がまだまだ育ってない」などといった、人を下に見るような発言は、成績は良かったのだとしても、教養までは身に着けられなかった人の発言に感じてしまう。

 

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