【自分らしく生きてもがんになる】ブラック企業と自由意思の関係

雑記

めっきりテレビを見なくなったわたしは、超有名人のさくらももこさんや山本KIDさんが今年「がん」で亡くなっていたというのを最近知りました。

山本KIDさんは格闘家で有名な方でしたが、テレビを見ないとはいえ、インターネットを使い時事ネタは見たり、フールーやネットフリックスなどで番組は見るので、見かけなくなった理由が、まさか最近、しかも41という若さで亡くなっていたとは知りませんでした。

 

2012年にお笑い芸人の宮迫さんもがんを患っており、現在は精力的に活躍されているのを拝見すると他人事でありながら嬉しくもあるのですが、

 

お笑い芸人も漫画家や格闘家にもそれぞれ苦労はあるでしょうが、好きで選ぶ道なのは間違いなく、その中で成功されても結局がんになるという事は、自分らしく生きることとはなんら関係ないのでしょうね。

 

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ブラック企業に勤め、40代でガン宣告。

 

父も40後半でステージ4を宣告され、体中の転移から手術は不可能で、余命2~3年といわれ、5年くらい闘病し亡くなったこともあり、本当はこの”がん”という言葉も見たくなく、だから本当はこういったニュース(記事)は特に避けているのですが、たまたまこの言葉を見かけると、よく亡くなった父の夢を見てしまいます。

 

父は、いわゆる古いタイプの父で、たまにひょうきんな一面も見せるのだけれど、寡黙で、家事は一切しないし、子育てもかかわっていたとは言い切れない。

 

休日はテレビの前に横たわり、決して悪い人ではなかったのだけれど、気に食わない事があるとほんとにちゃぶ台をひっくり返すようなタイプの父。

 

ただ仕事は熱心で、夜も遅くまで残業し、子供時代のわたしは一週間朝の食事以外顔を合わせないこともよくあった。

 

結局その会社に負債の責任を退職金で取らされることになるのだけれど、生真面目な父はそんな会社を訴えるような事もしなかった。

 

その企業名は父の名誉のため、あえてあげることはしないが、「ご立派に上場してる企業でもそうある」という事実だけはわたしの心に刻まれた。

 

父はド田舎の生まれで、その年代ではかなり貧しい子供時代を送ったようで、そんな幼少期に培われた根性が、良くも悪くもどんなブラック企業でも必死に働けたのだと思う。

 

夢の中の父は、毎回、末期までいっていた病状が奇跡的に回復し、家に帰ってきていて、でも結局何するでもなく、いつものようにただテレビの前にごろんと寝転がってるだけという構図。

 

わたしもその父に何を話しかけるでもなく、ただ横に存在を感じる程度。

 

生前唯一父がわたしとかかわったのは、地元の野球クラブで、どうやら野球は好きだったのか、定期的に行われる地元の大会に補欠で出場もしないわたしを見に?よく来ていた。

試合後の帰宅道でも別にたいして会話なんてない。

 

 

明るく楽しい父ではないし、怒ると面倒くさい人で、父の動向に一々気を配っていたりして、出張で家にいない日の方がかえって家の中が明るかったりもする。

 

そんな父も40後半でステージ4を宣告され、5年くらい闘病ののち、最後はホスピスで痛み止めの点滴で意識も全くなく、わたしが手を握ってる中で亡くなった。

 

夢に出る父は結局生前と変わらず鬱陶しくただそこにいるだけなのだけれど、それが逆に心地好くもあったりする。

 

何も変わらず、ずっとそれが続くのなら、就職先の多少の理不尽には、それもまた人生として感じるかもしれない。

 

現実は、必死に努力しても人生はままならず、助かるようなものじゃないという不条理。

 

そうなってからではもう遅く、結局自分らしく、漫画家や格闘家のような生き方をしても、どちらのみち末期など宣告されれば納得なんて出来ようはずもない。

 

ましてやブラック企業に勤めた所で、達成感なんてあるはずもない。

 

そんなままならない、諸行無常の世界だからこそ、常に自分らしくありたいと、父の夢を見るたびいつも思います。